閑散に売りなし
大きな動きを繰り返した後、相場が上にも下にも行かず、いわば無風状態になることがある。これを保合(もちあ)いという。保合いも最初のうちは売買量が伴って、多少は相場のエネルギーも感じさせるが、次第に振幅がなくなるにつれて商いが細っていく。ついにはパッタリと株価が動かなくなる。 株価が動かなければ、売ろうにも買おうにも手の出しようがなく、したがって市場は閑古鳥が鳴くような寂しさとなる。こういう状態が長く続けばたいていの人は嫌気がさし、持ち株があれば投げ出したくなるものだ。つまり、弱気色が市場に満ちてくるわけである。そこにつけ込んで、わざと売ってくる人もあって、相場は再び下げ歩調となる。
しかし、相場自体のすう勢として下げたものではなく、いわば人為的に売り叩いた結果としての下げだから、いったん売り物が一巡すると急激に反騰することが多い。前項の“動反動”ではないが、静止しているゴムまりをギュッと踏みつけたために弾みがついたようなものである。そこで長いもちあい期間を我慢していた投資家が一斉に買って出る。売り込んだ人も買い戻すということで、思わぬ上昇相場を現出させる。「閑散に売りなし」とは、そういう状況でうっかり売り込む愚を避けることを教えたものだ。
また「大保合いは大相場」「保合い放れにつけ」という格言もあるが、これまでの説明で理解していただけよう。ただ、もちあいになる時点は、前述のような底値圏ばかりではない。高値を付けた後でもちあい状態に移る場合もある。このときは前述の逆となる。つまり局面打開の目的で買いが入るが、無理に買い上げた反動で急落しかねない。
この格言を読み取るには、上げ(高値)の後のもちあいか、下げ(安値)の後のもちあいかを見きわめる必要があろう。
徳川時代の米相場でももちあいがあり(通い相場といった)、それに対する心得を次のように説いている。
- 動かざるに至りて大高下のはしたるべし(もちあいは大騰落の端緒であろう)。(商家秘録)
- 相場二、三力月も持合う(保合う)ときは、十人が八、九人まで売り方に向くものなり。その後、きわめて上がるものなり。ただし、のぼりつめ百俵(百両につき百俵)上げくらいにて持合う米は、下げ相場と心得べし。(宗久翁秘録)
- 相場持合いのとき、うっかり慰みに商い仕掛けることあり。はなはだよろしからず。慎むべきなり。この商い強いて初念の思い入れを離れがたきものなり(先入感を捨て去ることが難しい)。よほど玄人ならで見切りできざるものなり。たとえば、百両売り付け候て少々上がるとき、最初踏み出しの百両分に念を残して(未練があって)買うことを忘れ、またまた売り重なる心になるなり。だんだん上がるときは、ここにて売りならす(売り値の平均を引き上げる)べしと売り込むゆえ、自然、金高なりかさみ、後々は売り返しも自由ならず、大事に及ぶなり。(同)