備えあれば迷いなし
株式投資で最も大切なことは、売買に際しての確固たる自信と決断である。少しでも迷いがあってはいけない。基盤が軟弱であれば、ちょっとしたことにも動揺しやすくなる。水鳥の羽音に驚き、枯れすすきを幽霊と間違えてギョッとする前に、揺るぎない心の備えを固めておけというわけだ。
同時に、まさかのときにも動じない資力をたくわえておく必要も説いている。あとで詳しく触れるが、ギリギリの資金で株式投資をしていると、常に損をしてはいけないとせっぱつまった気持ちでいるために、わずかのことでも動揺し迷いだす。迷ったら最後、適切な処置はできなくなるのが通例だ。
迷いの最たるものに指し値(値段を指定する注文)の取り消しがある。相場の動きにつれて自分の判断に対する自信が揺らぎだし、つい取り消してチャンスを失うというケースが多い。そこで「指し値を取り消すな」という格言が生まれる。最初から綿密な調査と冷静な判断があれば、簡単に指し値を取り消すこともないが、一時的な思いつき等で仕掛たものは“根なし草”のようなもので、ちょっとした風で流されてしまうわけだ。むろん、指し値が的確かどうかは別の問題である。
一方、かなり相場に練達した人がやる方法に両建て(信用取引で売りと買いを同時にやること)がある。つまり、信念がぐらつきだして、売りなのか買いなのかが分からなくなり、例えば買い建て玉があるときにそれをそのままにしておいて新しく売り建てする。上げ下げをうまくつかんで、2つながらに利益を上げよう――と思うのは虫が良すぎる。だいたいが両建てになるケースは、高値で買い建てし安値で売り建てするのが多く、結局、両方とも損勘定になってしまうようだ。そこで「両建て両損」という戒めの言葉が出てくる。
この確信を持っていさえすれば、慌てなくとも済むという教えはウォール街にいくと「ドタバタは避けよ」という表現になる。
また徳川時代の格言では――。
- 売り買いはいくさの備えも同じこと、米商いの軍兵(ぐんぴょう)は金。(三猿金泉秘録)
- 商い仕掛けたるとき、まず損銀をつもるべし。後悔を先へ慎むべし。(八木虎之巻)
- 商いに三つの慎みあり。第一油断、第二不巧(慎重を欠くこと)、第三不敵なり。油断よりおこりて利をとるべきときを忘れ、損を見切り逃げるときをはずし、利に乗じて米多く仕入るべきときを失い、不巧より仕掛けの商い覚悟なく、思い入れの立てようも人気に迷いて思慮浅く、あるいは臨機応変のかけひきにうとく、不敵よりおこりて大高下の節、俵数(取引量)を恐れず、はじめより身上不相応に米を仕込み、すこしのことにてその米こたえがたく(わずかの損勘定にもその建て玉を維持することができず)、利になるべきを損にて仕舞い、あるいは底値に付け込み天井にのせ、これらは勝ちいくさに長追いして伏勢にあたり、かえって敗北するに同じ。(商家秘録)
- 商いをせんと思う節、最初まず損銀のつもりをすべし。思い入れ違いたるところにて、これほどの損にて仕舞うと分別し、その上にても違うならば、誤りて(間違いとして)早く見切り仕舞うべし。最初に計りし損より多く損すべからず。(同)
- 商い致す節、何程の金高に売買致すべきと分限に応じ相定め申すべきことなり。(宗久翁秘録)